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●平成26年1月 弁護士へ相談
●平成26年2月21日 証拠保全執行
原告→父・母 被告→保育園・保育士
●平成26年5月14日 事故当日の説明会
(説明会日時決定に約3ヶ月を要した理由)
原)全園児が降園後に☆園での説明会を依頼。
被)19時以降に保育士を残すと、翌日の業務に支障が 出る。園児がお昼寝中の13~15時に同系列の○園で。
原)お昼寝中でも観察は必要で、更に最低当時の担任保育士3人が○園に行くとなると☆園の保育が手薄になり園児が危険。
等のやり取りで、日時決定に時間を要した。
(説明会の内容)
被告が2回目に提出した事故報告書に沿って 担任保育士らが事故当日の保育状況を再現。
●平成26年11月28日 訴状提出
損害賠償請求事件
保育所・被告の過失及び安全配慮義務違反
●平成27年2月18日 第一回 裁判
原)証拠保全時も説明会時にも存在しなかった緊急時 マニュアルが今になって提出された理由追及。
被)マニュアルは元々、事務室にあった。
利彩の死因は「SIDS」ではないのか?
※原告側医師からは利彩の死因についてSIDSは完全に否定されている。被告は死因がSIDSならば過失がないと主張しているのである。
●平成27年3月15日 第二回 裁判
原)被告の過失についての準備書面提出。
被)死因についての文書送付嘱託の申し立て。
※被告側は、死因がはっきりしないと先に進めないという流れである。
●平成27年6月10日 第三回 裁判
被告側が文書送付嘱託申し立ての件で、鑑定書も必要だと述べたり、その発言を撤回するなどはっきりせず今回の訴訟が約3ヶ月遅滞した。
原)双方の事実主張がどのように異なっているのかを対比する為、時系列表を作成。
※以後この時系列表を元に事実確認、食い違いがあるところを争う形となる。
●平成27年7月29日 第四回 裁判
原)被告の過失についての準備書面提出。
被)利彩の死因、因果関係、本件保育士の過失について小児科医に私的な意見書を作成してもらう。(第三回裁判時から言っている)
●平成27年9月7日 第五回 裁判
原)裁判官より現時点での過失構成について確認される。
※訴状の内容に加え、仮にマニュアルが存在していたにしてもマニュアル通りに対応されてなかったのは明らかであること。「うつ伏せになっていたため、仰向けにする際に「ぐったり」していた」と言う利彩の症状から親に電話する以前に救急要請すべきで、緊急時の措置を怠った事を主張。
被)母親のFacebookは名誉毀損。
→裁判官より「認否を要さない。本事件と全く関係ない」と指摘される。
●平成27年11月4日 第六回 裁判
被)第三回裁判より言っている小児科医の意見書は未だ提出なし。利彩の既往症について教えて欲しい。
原)利彩の生前のカルテ等を提出。
●平成27年12月24日 第七回 裁判
被)○大小児科医より被告の質問に解答した形式の意見書?を提出。
※内容……利彩は突然死であり、保育園側は注意深く観察していたのに死亡した。救いようがない死だった。との内容であり、利彩の何を見てこのような原告側医師と反対の内容で意見書を提出してきたのか全く納得出来ない。
原)上記医師の意見書について急釈明書を提出。
●平成28年2月2日 第八回 裁判
争点整理も出来てきたので、証人尋問を検討。
●平成28年3月14日 第九回 裁判
争点整理
原)保育士個人の過失として、事故当日の保育士が利彩を観察しておらず適切な救命行為をしなかった。保育所の過失として、マニュアルを作成しておらずAEDの設置・医務コーナーを設置していなかった。他
被)全て否認する。
●平成28年4月6日 第十回 裁判
原)改めて争点整理表作成。
父・母と園長・当時の担任3人の尋問を予定していたが、被告が保育に影響が出るため園長・担任一人にして欲しいと主張を続ける。
●平成28年5月24日 第十一回 裁判
父・母 園長・当時の担任3人、計5人の証人尋問決定。
以上 全十一回の裁判で弁論準備が終了。
●平成28年6月8日 裁判
「証人尋問」
証人尋問議事録が膨大な為、抜粋して報告します。
「園長」・・・園長は無資格者である。
緊急時のマニュアルはH25年4月には園内にあった。BLS研修はH24年3月に受講した。午睡中は15分~20分間隔で園児の観察をしている。午睡中の観察方法など市や県からの指導はない。園内研修を、2月と4月に園長と主任を中心に講義している。AEDを設置していなかったのは、園の隣が消防署である理由で補助金が受けれなかったからである。緊急性がある時は、救急要請している。利彩が発熱したという報告は担任から受けたが、利彩の顔を見たのは母親が蘇生を始めた時が初めてである。利彩の救命措置をしなかったのは、母親が医療従事者だからである。母親が「園と接触したくなく、市を通して荷物を返して欲しい」と言ったから、荷物を市に持って行った。当日の利彩の様子を救急隊に伝えたのは保育士Aである。市へ提出した事故報告書は、みんなで話し合い、事故当日現場に居なかった理事長が作成して提出した。報告書が分刻みの時系列になっているのは、皆で話し合い、だいたいの時間を書いている。緊急事態ではないと思ったから、母親にしか連絡をしなかった。利彩は他の子に比べ、成長が遅く身体が小さかった。園長にとって「直ぐに」とは、10分後も20分後も「直ぐに」という認識である。発熱した園児の観察は、給食の摂取量・嘔吐・便の状態を観察している。利彩が亡くなったのは「事故」と認識している。

「担任A」
登園時から表情が硬かった。登園時の熱36.8度。登園後おやつを少し食べ、人形で遊ぶなどご機嫌だった。クリスマス会参加後、給食時に泣き出し熱38.5度 顔色は悪くなかった。小さい子は医務コーナーに連れていくと泣くので使用していない、クラスの端に布団を敷き利彩を寝かせて他の子の給食介助しながら様子は見ていた。(利彩の横には嘔吐児が寝ていた) 給食後、他の園児に絵本の読み聞かせをしていたら利彩が泣いたので保育士Bが対応した。母親の迎え約30分前に利彩が胸を下にして顔を横にしていたので上向きにした、その時に利彩を抱えたが普通に寝ている感触だった。抱きかかえたが目は覚まさなかった。身体に触ったのだから息はしていたのは確かだ、しかし呼吸数や脈拍数は測っていない。呼吸・脈・嘔吐児などの観察に決まり事はない。母親の迎え約10分前、他園児迎えの母親を利彩の迎えと勘違いし、利彩を抱き抱えたが顔色も悪くなく首に抵抗するように力が入った感覚があった。その時も目を覚ましていない。母親が迎えに来たから抱きかかえたが異変はなかった、が便臭がした。利彩の顔色が悪くなったのは(チアノーゼを生じたのは)搬送中である。顔色が悪くなるとは「黒っぽくなる」ということである。1歳児の発熱はよくあることなので特別な事ではない。警察に「うつ伏せから仰向けにした」とは言ったが「ぐったりしていた」とは言ってない。医務コーナーには薬品類や殺虫剤が置いてある、事故当日に園児が休めるベッドがあったかは記憶にない。当時16人のクラスで少なくとも事故3日前から毎日、発熱・嘔吐児が3~4人いたが、感染症が流行っているという認識はない。1回目提出の事故報告書には、母親が迎えに来た40分前が最終記載なのに、2回目提出の報告書から分刻みで記載しているのは、事故後に皆で細かく記憶を辿って記載した。

「担任B」
登園後はお気に入りのドキンちゃんのぬいぐるみなどを並べて、隣に座り手を叩いたりしご機嫌だった。クリスマス会では、鈴を持ち身体を動かしたりと楽しそうに過ごしていた。給食後の絵本読み聞かせの時に泣き出したのでトントンした。その際、顔色は悪くなかった。

「担任C」
熱が出て寝ている利彩をしっかり見るため、バケツとエプロンを片付けに行く時、横を通り顔色を見た。
●平成28年6月22日 裁判
「証人尋問」
母親
父親
●平成28年7月25日 第十二回 裁判
残すところ「利彩に救命可能性はどれぐらいあったのか」である。救命可能性について裁判官より解剖医には書面尋問ではなく、呼び出しての尋問をしたほうがいいのではないか…と意見が出される。
原)利彩の救命可能性について臨床医でもない解剖医に尋問するのは、推測で語ってもらうことしか出来ず医者に無理を強いる結果となる。医者尋問についてどうするか意見をまとめる時間を要求。
被)解剖医への質問を通じて 私的な○大小児科医の意見書らしきものの証明力を高めたい。
●平成28年9月12日 第十三回裁判
解剖医への書面尋問準備
●平成28年10月5日 第十四回裁判
解剖医への書面尋問準備
●平成28年12月14日 第十五回裁判
解剖医から書面尋問提出
被)これ以上はやることはなく、最終準備書面を提出する。
原)解剖医の書面尋問内容捕捉、他捕捉出来る事を検討する為に少し時間が欲しい。
●平成29年2月13日 第十六回裁判
弁論準備
●平成29年3月17日 第十七回裁判
弁論準備
●平成29年4月28日 第十八回裁判
弁論準備
●平成29年7月11日 第十九回裁判
弁論準備
●平成29年8月18日 第二十回裁判
原)小児科医・保育関係者による意見書を提出。
被)意見書についての反論の有無を次回報告する。
●平成29年9月19日 第二十一回裁判
弁論準備
●平成29年11月29日 第二十二回裁判
結審